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清方ノスタルジア

六本木、ミッドタウン内のサントリー美術館で開催されている、清方ノスタルジアを観てきた。

1/11(日)まで開催中。

kiyokata1.jpg

wikiより。
鏑木清方

鏑木 清方(かぶらき きよかた、1878年(明治11年)8月31日 - 1972年(昭和47年)3月2日)は、明治~昭和期の日本画家。なお、姓は「かぶらぎ」でなく「かぶらき」と読むのが正しい。

近代日本の美人画家として上村松園、伊東深水と並び称せられる。作品は風景画などはまれで、ほとんどが人物画であり、単なる美人画というよりは明治時代の東京の風俗を写した風俗画というべき作品が多い。



清方は、明治~昭和期の日本画家で3大美人画家の一人らしい。
名前も知らなかった。

名前も知らなかったが、図録まで買ってしまった。

戯作者の父が新聞社を経営しており、その影響で10代から挿絵画家として活躍。
江戸の風俗に強い関心を持ち、浮世絵、中国画などの影響を受けたのだとか。

戦時中、芸術が戦意昂揚の道具とされる中、美人画は
軟弱な非国策画として発表できなかったそう。

それでも一人発表できない美人画を書き続けたそうな。

一度は製作から遠のいたものの、日展開催の知らせを受け、
書き続けていた作品の完成を決意。

そして、第一回日本美術展覧会に出品したのが「春雪」。
(ポスターで使われている作品)

美人画がこんなに良いものとは知らなかったよ。

==

個人的に印象的だったのは「遊女」という作品。

貧乏画家が情婦に遊女を向かえ、周りから冷遇されるという「通夜物語」の、
遊女「丁山」を描いたこの作品は、他の女性とは一味違っていた。

親戚に画家の夫の利き腕を捻られた丁山は、その親戚を出刃包丁で刺した。
画家に怪我がないと知ると、己の胸を包丁で刺しその血で自分の姿を描かせたという。

どうりで他の女とは違うわけだ。
妖艶な魅力いっぱいの女性でした。

==

やわらかで艶めかしい女性たちはとても魅力的だった。

しかし清方、反戦といわれても美人画を描き続けるとは、
相当の女好きとみた。



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